誕生と記憶

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1954年 当サイトの管理人は、東北地方の田舎町の貧乏な家に長男として生まれる。父親は工場勤務、いわゆるブルーカラー。母親も、後に町工場に勤めます。祖父母の他、小姑もたくさんいたので、母親は大変苦労したと思います。感謝しています。

こんな家に生まれたくなかったと、何度も思いました。裕福な家に生まれたかったと思いました。でも、宿命だからかえられませんよね。

しかし、霊能者の江原さんが言っていましたが、子供は父母を選んで生まれてくるそうです。必然的に父母を選ぶというのです。衝撃的な話ですが、何度考えてもまだ、必然的な理由が解りません...

私には、不思議ですが1〜2歳の記憶がまだあります。たらいに入って水遊びしています。


乳離れ

昔は、母乳で子育てをするのがあたりまえでした。私も、母乳で育てられました。しかし、恥ずかしながら乳離れがなかなかできませんでした。 3〜4歳頃だったのでしょうか、見るに見かねた近所のおばさんが、母親の乳房に赤チンを塗り「怪我しているから、オッパイ吸えないんだよ」と言われた記憶があります。

それを機に、どうにか乳離れできましたが、それでも母親の後を追いかけていた甘えん坊でした。

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